2008年10月25日

2008年10月23日

【対馬が危ない】(下)生き残りへ苦渋の“歓迎”

風光明媚な対馬。経済不振、過疎化でかつての活気がすっかり失われつつある=美津島町竹敷

◆強い島民の孤立感
 「対馬は何県?」。こんな問いに「長崎県」と即答できる日本人は何人いるだろうか。「福岡県」と答える日本人も結構多い。 対馬市議会の国境離島活性化特別委委員長の作元義文市議(58)はこう言う。

 「対馬は行政圏は長崎だが、
経済圏は福岡。区分けが中途半端なうえ、県庁所在地の長崎まで行くのに往復2万5000円もかかるから、対馬の人間にとって、本土はますます遠くなる。本土の人も、交通の便が悪いこともあり、年々対馬から遠ざかっていく。対馬の存在感は薄い」 「福岡と対馬をむすぶ連絡船も、値上げをするところもあれば、便数を減らすところもあり、ますます距離が広がっていく」 聞けば聞くほど、本土と対馬の距離を感じる。

 作元市議は島民の思いをこう代弁する。
「島民は、日本から見放されていると感じ、孤立感でいっぱい。だったら、少々のことには目をつぶってでも韓国と仲良くすればいい。福岡からは約130キロあるが釜山まではわずか50キロだから親近感がある」 対馬は今、島民の心の隙間(すきま)を狙うかのように不動産の買い占めに奔走する韓国資本と、怒濤(どとう)のように押し寄せる韓国人観光客に右往左往するばかりだが、それでも韓国人、韓国資本を受け入れざるを得ない大きな課題を抱えている。

◆経済悪化、過疎に拍車
 
対馬は、南北約82キロ、東西約18キロの細長い島だ。89%が山林に覆われ、耕地面積はわずか1・4%。平成17年の
国勢調査によると、第1次産業の林業、漁業が21・1%を占めた。だが、林業は価格の低迷で、漁業も燃料費の高騰や価格安などで危機的な状況に追い込まれている。

 作元市議はこう嘆く。
 
「漁船の重油は今、1リットル130円もする。60円を超えると採算が取れない。19トンのイカ釣り船の場合、1回に2000リットル積んで3日で使い切る。燃料費だけで26万円もかかるから1日に10万円の水揚げをしないと、燃料費も出ない。それにイカの卸値は、20匹で2000円ぐらい。これから燃料費や氷代を差し引くと手取りは500円ほど。勘定が合うはずがない」


 財部能成市長(50)は対馬の経済状況をこう説明する。
 
「昭和28年に公布された
離島振興法で、港湾整備や道路整備などの公共事業が増えたため、潤っていたが、小泉改革で、公共事業が削減され建設業は倒産が相次いだ。水産業も水揚げ高は大きかったから、地域に金が回り、シャワー効果があったが、今は燃料費が上がり、船を出せなくなっている状況だ」

 経済状況の悪化は島の
過疎化に拍車をかけている。働き場所がないため、毎年1000人前後が離島、一時は7万人あった人口も年々減少し、今では3万7117人(今年7月現在)と、激しい勢いで過疎化が進んでいる。しかも、残った若年労働者は各地区に2人いるかどうか、それも50代だという。

 
過疎化については、出稼ぎに出ている島民も多く、実際の人口は、言われている数よりさらに3、4000人は少ないという声もある。

■“防人の島新法”望む声
 
◆韓国は経済起爆剤
 
生き延びるためにはどうすればいいか。浮上したのが、歴史的にも交流のある韓国からの観光客の誘致だった。


 市は、17年度から19年度まで、県と共同で、厳原(いづはら)−比田勝(ひたかつ)間のシャトルバス代として、1人当たり2330円の補助まで出している。同地域再生推進本部によると、その額は、17年度が456万2000円、18年度が481万8000円、19年度は850万円にのぼった。韓国人観光客の歓心を買うため、税金で交通費を補(ほ)填(てん)したことに反発の声が聞かれるが、その是非は別として、それほどまでに韓国に依存せざるを得なかったということだろう。


 対馬観光物産協会総代の高雄武保さん(83)は「韓国から観光客が来てもらわないと困る。雨だれが垂れる程度でも、韓国との交流は対馬の経済浮揚につながる」と期待感を隠さない。
 

 厳原町
のホテル経営者が「それぞれ文化が違うのだから、マナーが悪いといっても仕方がない。それより、1日1万円でもいいから落としてもらったほうがいい。以前は絶対に韓国人は泊めないと言っていたホテルも背に腹は代えられないのか、受け入れる数が増えてきている。生き延びるには、韓国人を受け入れるほかないのです」と心の内を吐露したが、それは、多くの島民の共通した思いだった。

 もちろん、島民の間には、公共事業に頼りすぎ、国内向けの観光行政を怠ってきたため、そのツケが回ってきたと、行政当局を批判する指摘もある。

 だが、もはや、責任の所在を追及している段階ではない。国家の要衝が韓国に侵食されていく。インタビューをしたほとんどの島民は、生きるための苦渋の選択と危機感のはざまに立たされていた。


◆ようやく危機感台頭
 
こうした状況に
対馬市もようやく目が覚めたのか、危機感を強めてきている。 財部市長は「少なくとも国境に面した島については、安全保障の点からも外国資本による不動産買収を認めない除外規定など、実効支配につながることを防ぐ手だてを設けるべきだ」「日本人の国境に対する感覚は極めて希薄。対馬の資源を生かした新たな産業を興すなど、国境に面した島を守る施策をとるべきだ。それが国境を国土として国が守っていくことになる」と“防人(さきもり)の島新法”の成立を訴える。

 駐留する自衛隊の増強も一つの手段だ。本土に住む日本人が当事者意識を持って不動産の買収に乗り出し、買い占めに歯止めをかけるのもその方法だ。対馬の特性を生かし、海洋学などの教育施設を造ることもありうる。


 
対馬市では、新法の素案作りを始めたが、対馬問題は単に対馬だけの問題にとどまらない。国家防衛は、常に最悪の事態を想定しなければいけない。 島民からはこんな声が聞こえてきた。 「韓国によるリゾート化は、密航組織に利用される懸念があるうえ、有事の際にはゲリラの潜入さえ可能にしてしまいかねない」

 韓国資本による対馬攻勢は激しいスピードで進んでいる。残された時間は少ない。
(編集委員 
宮本雅史)産経新聞 2008.10.23 
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2008年10月22日

【対馬が危ない】(中)島民の3倍、韓国から大挙

「対馬が危ない」(上)では、韓国資本による対馬でのすさまじい不動産買収ブームを伝えた。第2回では、年々増え最近では大挙してやってくる韓国人観光客の実態、島は彼らをどのように迎え、そして、どのような感情を抱いているのかを、率直な声を交えて報告する。(編集委員 宮本雅史 

 ◆交通標識もハングル
 対馬を車で走ると、至る所に、名所、旧跡を示す交通標識にハングルが併記されている。途中、韓国人観光客を乗せた観光バスに何度も出合った。日本人観光客の姿はない。  ここ数年、国内からの観光客が減少する半面、韓国資本による民宿や釣り宿などの買い占めを促すかのように、韓国人観光客が大挙して押し寄せている。

 今月初めの土曜日、島の中心地に近い厳原(いづはら)港ターミナル。午前11時前、秋晴れの日差しを浴び、白地に鮮やかなブルーと赤のラインが入った「
ドリームフラワー」号が入港してきた。大亜高速海運(釜山)が運航する定期国際航路で、釜山港と厳原港を約2時間10分でむすぶ。観光客のほとんどは、家族連れや釣り客だ。  大亜高速海運のグループ会社で、出入国の手続きをしているジャパン大亜によると、この便での観光客は277人で、午後2時には新たに230人が訪れるという。

 ターミナルから少し歩くと、
厳原町の中心部に出る。厳原町は、鎌倉時代から600年以上にわたり対馬を統治した宗家10万石の城下町だ。今も、武家屋敷が当時の面影を残す。  飲食店やホテルが立ち並ぶ厳原本川沿いでは、下船したばかりの韓国人観光客が十数人単位の集団で、ブラブラと、横に大きく広がりながら歩いている。タクシーが近づいても気にしない。道を開ける気配もない。その数は、週末を楽しむ島民より明らかに多い。島内唯一の免税店前にたむろしているグループもいる。ガイドらしき女性に先導されて集団が向かう飲食店をのぞくと、すでに満席だ。日本人の姿はない。
 
 対馬に韓国人観光客が集中するようになったのは、平成11年7月、釜山−厳原間に国際航路が就航してから。13年4月、新たに、島北部の比田勝(ひたかつ)港と釜山港を約1時間20分でむすぶ航路が運航されると、年間約1600人程度だった観光客が急増、16年には2万942人に。その後も増加の一途をたどり、17年は3万6636人、18年は4万2002人、そして、19年には6万5491人を数えた。財部能成・対馬市長(50)は「現時点ですでに昨年の44%の増。これまで毎年、前年比で50%アップで推移してきたが、今年も間違いなく8、9万人にはなるだろう」ともくろむ。  現在、対馬市の人口は3万7000人余りだから、人口の3倍近い韓国人観光客が押し寄せる計算になる。

◆地元は潤わない 
 観光客が増えれば、当然、飲食店なども増える。
 対馬協議会事務局長の友納徹さん(58)によると、2、3年前から、韓国人相手の居酒屋や料理店、ホテルが増え、厳原本川沿いでは、すでに8店舗が韓国人相手に模様替えをし、カラオケ店を計画している店もあるという。ホテルの観光バスで案内をしているうちに、韓国人向けの飲食店を開いた島民もいるという。

 これだけをみると、島全体が活気づきそうなものだ。ところが、島民の表情はそうでもない。どことなく暗い。
  商工会の関係者は「観光客で潤っているようにみえるが、実はそれほどでもない。渡航費は全部韓国の船会社に入るし、食事も韓国人が経営する飲食店を利用している。土産も、それほど買っているようには見えない」とぼやく。

 
 精彩を欠く理由はここにあった。韓国人はそれほどお金を落としていないのだ。 長崎県対馬地方局の池松誠二局長(52)は「観光客は釜山で10万円分のウォンを円に両替し、帰国時に8万円をウォンに戻している。だから、1人当たり2万円ぐらい、トータルで13億円ぐらいは対馬で使っているのではないかと推測している」と楽観的だが、島民の話を聞くと、この13億円という数字は怪しい。

 
 韓国人観光客を専門にするホテルの従業員も「うちは1泊6000〜7000円ぐらいだが、韓国人は特別料金で、2000〜3000円ぐらいで泊めているようだ。それで採算が取れているのかどうか…」と、格安サービスに首をかしげる。 

■「ここはわれわれの領土だ」
◆万引、ゴミに頭抱える 
マナーの悪さを指摘する声もある。
 厳原町で飲食店を経営する中嶋明雄さん(49)は、「酔ってツバを吐いたり、以前、ただ食いされたこともある。スーパーなんかでは、集団で万引されたという話も聞いた。
酔って、『竹島と同じで対馬も韓国の領土になる』と叫ぶのを何度も聞いた。勘違いしているんじゃないかと思う。うちは絶対に韓国人は受け入れない」と反発を示す。

「山登りをする韓国人も多いが、糞尿(ふんにょう)処理とゴミ対策が大変だ」と頭を抱える商工会関係者もいる。

 
 漁業関係者からも怒りに似た声が聞こえる。対馬市議会の国境離島活性化特別委員会委員長で自ら定置網漁業を営んでいる作元義文市議(58)はこう不満をぶつける。

 「外国人に禁止されているまき餌で、メジナやイサキ、イシダイなどを狙ってくる。手引きをしている島民もいるようだ。日本人は、小さい獲物はそのまま海に帰して、大きくなるのを待つが、連中は、クーラーがいっぱいになるまで持ち帰る。韓国で商売でもしているのでしょ」
 

 さらにこんな問題も起きている。
 比田勝港ターミナルで観光客の出入りをチェックしている上対馬観光物産事務所長の武田延幸さん(58)はいう。

 「添乗員もガイドも韓国人なのが問題。日本語を正確に理解できない者もいるし、何より、正確な歴史教育を受けていないから、間違った説明をするため、観光客も間違った印象を持って帰る。旅行会社の社員のなかには、『対馬は韓国の領土だ』とはっきり言う者もいる。これが一番の問題だ」

 
 韓国人観光客と市民の間には、さまざまな問題や不信感が生じている。しかも、すでに紹介したように水面下では、不動産の買い占めが着々と進んでいる。それでも、韓国人を受け入れざるを得ない。

 
 対馬はどこへ行くのか。取材を進めると、その背後には、本土から遠く離れた島に住む「日本人」の悲鳴が聞こえてくる。産経新聞 2008.10.22  
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2008年10月21日

【対馬が危ない】(上)韓国、不動産相次ぎ買収

島内の韓国展望所からは、晴れた日には、遠く釜山をはっきりと望むことができる。しかし、眼下には防衛の要、航空自衛隊海栗島分屯基地のレーダー施設が広がっている=上対馬  

古事記
日本書紀にも登場する「対馬
」(長崎県)。
国境を背負い、古来、防衛の要衝だった“防人の島”が、韓国パワーに席巻されている。韓国からの観光ラッシュに続き、島の不動産が続々と韓国資本に買い占められている。リゾートホテルに民宿、釣り宿…。

 過疎化に悩む
対馬自身が本土よりはるかに近い韓国に傾斜せざるを得ないという複雑な事情もあり、豊富な資金力を武器に買収はこれからも激しさを増すだろう。韓国人観光客のなかには、自国領土と本気で信じ込んでいる人すらいる。日本人が気づかない間に、
対馬は、安全保障、主権国家としての領土保全にかかわる深刻な事態にさらされつつある。(編集委員 宮本雅史

 
自衛隊基地隣接地も 
対馬空港に到着してまず耳にしたのは、島内の不動産が韓国勢に買い占められていることを危惧(きぐ)する声だった。それも1人や2人からではなかった。中でも、「海上自衛隊の基地に隣接する土地が韓国資本に買収された」という話に危機を直感した。 

 真偽を確かめるため、
対馬市の中心街・厳原(いづはら)町から車で国道382号線を北上、海上自衛隊対馬防備隊本部がある同市美津島町竹敷を訪ねた。 

 
竹敷地区はリアス式海岸特有の湾曲に富んだ入り江と無数の小島からなる浅茅(あそう)湾に面している。古くは遣新羅使が停泊するなど、船舶交通の中心だったが、明治19(1886)年に、自然が作った海の迷路を生かして、水雷施設部が設置されたほか、日清戦争後はロシアに対する前進根拠地として海軍要港施設が整備されるなど、国土防衛の要害であり続けた。 

 余談になるが、近代に入り、ロシアやイギリスの
対馬接近に脅威を感じた日本政府は、島内30カ所に砲台を整備。特に昭和初期に作られた上対馬豊砲台には、巡洋戦艦から航空母艦に転用された「赤城」の40センチ連装砲塔を設置するなど、対馬海峡全体を防衛できるよう整備した。この豊砲台は太平洋戦争後、連合軍が解体を試みたが、あまりにも堅固過ぎ爆破するしか手段がなかったという。 
 ある地元住民が匿名を条件にこう言って顔を曇らせた。

 「自衛隊の動向がいつも監視されているような気がする。買い戻そうという声が上がったこともあるが、一度買ったものを手放すはずがない。今更、手の打ちようはないが、せめて両陛下の記念碑だけは市が引き取るなど対処してほしい」
 
 
 対馬で民宿を経営する在留韓国人によると、このリゾートホテルの実質的なオーナーは
釜山に住む60代後半の畜産会社社長。最初は別荘を計画、知り合いの島民名義で3000坪を5000万円で購入したが、その後、2億5000万円の費用をかけてホテルに改築したという。
  この韓国人は「10人ぐらいの地元島民をかき集めて、突貫工事で完成させた。工費はすべて、現金で支払われた」という。

 
 そういえば、門に使われている檜は、至る所がひび割れしていた。生木を十分に乾燥させないで使ったためだろう。いかに急ごしらえで改築したか。その性急ぶりを象徴している。

 
土地名義も経営者名も島民…最近まで気づかず 竹敷地区の漁業を管轄する美津島町西海漁業協同組合の黒岩美俊組合長(74)によると、同地区には、このリゾートホテル以外にも、防備隊本部に近接するように韓国人が経営する民宿が2軒あり、20人近い島民が雇われているという。 

 
対馬空港から車で5分ほど行った対馬海峡浅茅湾をつなぐ大船越地区でも民宿が韓国人女性に買収されていた。  そこで働く島民によると、もともと、日本人が経営していたが、昨年、経営不振で競売に出された。それを知った旅行会社の元添乗員だった韓国人女性が、知り合いの日本女性の名義で、土地と建物を650万円で購入したという。 

 近くに住む3人の日本人女性が雇われ、掃除や食事の準備をしているという。
 作元市議によると、不動産の買い占め場所は1カ所に集中せず、点在しているが、なかでも風光明媚(めいび)な浅茅湾の周辺に人気があるという。ただ、「浅茅湾には無人島が多いので、これからは何十とある無人島に触手を伸ばす韓国人も出てくるのでは」と激しい買い占め工作に危機感をつのらせる。

 
ホテルや民宿だけでない。釣り宿も標的になっている。朝鮮海峡につながる峰町狩尾三根湾沿いにある釣り宿を訪ねた。韓国人観光客が20人ほど、釣りの準備をしている。船長らしい日本人に声をかけてみたが、警戒しているのか、反応が鈍い。顔を曇らせたのは、外国人に禁止されているまき餌に協力している可能性があるからだと、後で知った。釣り船は4隻。午後2時に出発して日没後の午後9時ごろまで客の面倒を見るという。

 
従業員は島民
 この釣り宿は、在留資格のある韓国人が現地法人を立ち上げて経営、オープンして4年になる。もちろん、宿泊客は韓国人観光客で従業員は近くの島民だ。 

 対馬協議会事務局長の友納徹氏(58)によると、この釣り宿のオーナーはさらに、大きな観光ホテルを計画しているようだという。
 
 観光地にバンガローを建てる韓国人もいる。日本海海戦記念碑が建立され、三宇田海水浴場にも近く、観光地として知られる上対馬町殿崎。朝鮮半島を望める韓国展望所に通じる県道わきの雑木林から茶色の屋根が7つのぞく。韓国人が島民名義で建てたバンガローだ。
 
 地元島民(75)は「この夏、見かけん子供がいっぱいおるけん、どこの子かと思って話しかけたら、韓国語でしゃべるからびっくりして。しゃべらんと全く分からん」というが、時既に遅し。土地の名義も経営者の名前も島民になっているため、最近まで全く気づかなかったという。

 
 友納氏によると、不動産の買い占めが始まったのは20年ほど前のことで、当時は、宗教団体関係者が1000万円単位の現金をちらつかせて買いあさっていたという。ここ数年は韓国資本が個別に進出、民宿だけでも島全体ですでに15軒ほど買収され、進行中の計画を含めるとその数はさらに増えるという。

 
チラつく中国の影
 同氏は「つい最近も、上対馬で30万坪の山林を漁業関係者から買おうとする動きがあった。これはうまくいかなかったようだが、気になるのは、韓国人だけでなく、中国の影がちらつくケースもあることだ。マンションを買って民宿を始めたある韓国人を調べると、中国と取引をしていることが分かった。とにかく、買い占めているのが民間人なのか、企業なのか、それとも組織だったものなのか、全く分からない」と続ける。  

こうした韓国資本による不動産の買い占めに財部能成市長(50)は「韓国人が、現地法人を作ったり、日本人の名前を使ったりして不動産を取得しているのは事実のようだ。特に、経営不振の民宿が狙われやすいと聞いている。ただ、どのくらい買い占められているのか、実数はつかめない。島全体に点在しているし、書類を見ただけでは分からない。情報をもとに推測するほかない」と頭を抱える。
  買い占めている韓国人の目的はおろか、その素性さえも分からないというのが実情だ。

 
強い韓国領土意識
 対馬の領有権については、太平洋戦争後、李承晩政権が、連合国軍総司令部(GHQ)に対し、竹島だけでなく、対馬についても「韓国の領土であり、日本によって強制的、不法に占領された」として、日本からの割譲を要求したが、GHQは「根拠がない」として一蹴(いっしゅう)している。

韓国側は、慶尚南道
馬山市議会が、平成17年、「対馬島は韓国領土であることを内外に知らしめ、領土権確立を目的とする」という条例を可決するなど、対馬が韓国領土であるという主張を崩していない。しかし、魏志倭人伝にも対馬は倭国の領土であると記載されており、有史以来、韓国の領土ということはありえない。

 
 ただ、上対馬観光物産事務所長の武田延幸さん(58)が「観光客の中には『対馬は魅力がある。やはり、昔から、対馬は韓国のものだから、山も欲しいよねえ』とはっきり言う者もいる」というように、依然として、対馬が韓国領土だと信じている韓国人がいるのも事実だ。対馬が韓国の領土という意識が強ければ強いほど、ますます、進出してくるのは火を見るより明らかだ。 

 実際、話を聞いた在留韓国人は「これからは在留資格をとって、本格的に進出してくる韓国人が増えるのではないか」と断言した。  財部市長が「このままでは、10年かかるか20年かかるか分からないが、いずれ韓国色に染まってしまう可能性がある」と漏らした。
  国家の要衝が、虫食いのように侵食されていく。根は想像以上に深い。数年後、オセロ風ゲームのように、気がつくと、島の大半が韓国色に染まっているという事態も十分に予想される。財部市長の不安は、単なる危惧(きぐ)では済まされない。対馬はそこまで追いつめられている。               

【対馬】
長崎県に属し、周囲に大小98の属島を持つ国境の島。平成16年に元の6町が合併、島全体が対馬市となった。最大の街は、厳原(いづはら)町で、同町から福岡までは対馬海峡をはさんで約138キロ離れている。島の最北端の比田勝港から釜山までは最短距離で49.5キロと半分以下の近距離にある。ほぼ全域がリアス式海岸に囲まれ、島の中央部にある浅茅(あそう)湾は風光明媚な観光地として知られる。『古事記』には最初に生まれた島の一つとして「津島」と、また、『日本書紀』には「対馬州」「対馬島」と記されている。古代から大陸との交流があり、外交面での要所であると同時に、防衛、侵攻の最前線基地だった。
産経新聞 2008.10.21
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2008年10月20日

中国の少数民族支配と搾取には共通のノウハウ

 中国の少数民族支配と搾取には共通のノウハウ
  「人権」の問題は本質ではなく、侵略者がそこにいまもいる、のが大問題だ
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 欧米は中国の少数民族支配を「人権」の視点で捉えている。
 ここで言う「少数民族」とはチベット、ウィグル、南モンゴルなど。
 人権問題は、しかしながらコトの本質ではない。基本は他人の国を侵略し、略奪の限りを尽くした後も、その残忍な侵略者が、まだそこにいて、残虐無比な支配を続行しているという事実である。

 中国共産党の少数民族「支配」のノウハウには下記の七つの共通項がある。

 第一は言語政策と歴史教育である。徹底した普通語(北京語)教育を小学生から強制して教え込み、民族独自の言葉を若者から奪った。
チベットでもウィグルでも若者の多くが、いまや伝統的な言葉を喋れない。大学入試も公務員試験も、自動車免許も北京語である。
 民族が伝統的な言語を失うと、歴史の記憶も希薄になり、やがて民族のアイデンティティを失う。
それが中国共産党の長期的戦略にもとづく少数民族支配の基本原理になる。

 第二は党細胞が、侵略した地域の奥地に至るまで確立されており、行政が末端に及んでいると豪語している。
 実態は漢族が基軸の党細胞で、田舎へ行けば行くほど都会で死滅寸前の「當案」(個人の監察プロフィル)が生きている。
 したがって支配階級(=党)に反旗を翻そうと組織行動をとれば、すぐに弾圧される。

 第三は資源の盗掘を「地域の経済発展」だと嘯いていることだ。
たとえばチベットでは「農奴」を解放してやったなどとして軍の侵略を正当化しているが、チベットは遊牧の民で農奴はいなかった。
チベットの水資源は長江、黄河に流れ込んでいる。
 ウィグルは核実験場として、或る研究レポートでは19万人が被爆して死亡したという。広島の直接の爆死者より多い。そのウィグルで原油とガスを漢族の「企業」が盗掘し、上海など漢族の生活圏へ輸送している。
地元に利益還元は殆どされず、たとえ利益還元があっても、それは地元の共産党幹部しか潤っていない。
 モンゴルからも石炭や鉱物資源が盗掘されている。

 第四は徹底した宗教弾圧である。
 ポタラ宮殿は千もの部屋があるが、いたるところに公安がいる。多くの仏教寺院には境内のなかに公安の詰め所、大伽藍のある宗教設備にはパトカーが常時駐機している。
 モスクはかたちが残るだけで朝のお祈り風景は見られず、いやコーランが禁書であり、宗教音楽さえ聴くことは稀である。
 だから人々は「どうぜスパイが混入した表通りの寺院やモスクへは行かない」。キリスト教の多くは地下教会でお祈りをする。

 第五は都市設計である。
 フフホトではモスクの周囲に異民族の新しい移住があり、チベット仏教の周りはイスラム街区となっている。
ラサでもモスクが目を引く。ムスリムが大量にチベットに移住させられている。
 こうして異教徒をモザイク状に配置して民族同士の紐帯を阻害し、分断し、支配を強固なものにするのである。


 ▲漢族以外の「少数民族」に対しては人間の尊厳が無視されている

 第六は民族浄化。雇用差別である。
典型例がウィグルの少女達の「集団就職」である。山東省の工場に押し込められて外出の機会がほとんど無い。あげくは漢族男性との結婚を勧められ、長い期間をかけての民族浄化が巧妙なスタイルで行われるわけだ。
 ウィグルには、革命後は多くの満州族が強制移住された。その後、漢族の移住が推薦され、省都ウルムチは90%が漢族の街となった。現地では漢族に就職が斡旋され、アパートが提供された。
 このウィグルを十六年の長きにわたって支配しているのが王楽泉(新彊ウィグル自治区党書記)である。
 この男は山東省出身で、かれの周りは山東マフィアが取り巻き、実弟らが利益集団を形成している。
「テロリストの対象になっている」と嘯いて大勢のボディガードに囲まれて移動する。民衆の怨嗟の的になっていることだけは自覚しているらしい。
漢族以外の「少数民族」に対しては「人間の尊厳」が無視されている(そもそも数百万のチベット族、ウィグル族、モンゴル族を「少数」と規定する語彙の使用そのものが、政治的意図をもった言葉による詐術である)。
欧米の唱える「人権」は、そうした文脈では有益な政治運動であるが。。。

 第七は軍事優先ですべてがなされていることで、民主主義って、それ何?という感じである。チベット居住区(チベット自治区、四川省、青海省、甘粛省にまたがる)には合計五十万といわれる人民解放軍ならびに武装人民警察が駐屯している。
 ウィグルには70万人と言われる。
 反漢族への反乱が起きたとき、軍事的にひねりつぶすため、対外戦争の筈の軍が対内戦争の準備のために割かれているのである。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)10月20日(月曜日) 通巻第2352号 から引用

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2008年10月19日

【正論】またぞろ“A級戦犯”分祀論が

  ≪古賀、石原両氏の発言≫ 今月18日から3日間、靖国神社の秋季例大祭が行われる。秋色いよいよ深まりゆく九段の杜を多くの人々が黙々と歩む姿が見られるだろう。本来は、こうした静かなたたずまいの中で、戦没者への追悼の思いを捧(ささ)げる場なのだが、ここ2カ月ばかり、靖国神社がまたも騒がしい議論に巻き込まれてしまった。

 そのきっかけは、8月17日のテレビ朝日系「サンデープロジェクト」での古賀誠日本遺族会会長の発言である。古賀氏は「われわれ遺族には何の相談もなく、A級戦犯を合祀(ごうし)したのは納得いかない。元に戻すことが大事」と語った。この発言に石原慎太郎東京都知事が「刑死した戦没者ならぬ、戦犯の合祀という愚挙」と応じ、古賀氏の主張する「戦争犯罪人の分祀」に満腔(まんこう)の共感の意を示したからである(9月8日付「産経新聞」)。
 
  真っ先に指摘しておきたい。昭和53年10月にいわゆる“A級戦犯”14人を合祀するに際し、靖国神社は事前に崇敬者総代会に諮って了承を得ていたが、総代の一人に遺族会会長である村上勇衆院議員がいたのだから、「遺族には何の相談もなく…」という古賀氏の批判は当たらない。

 この“A級戦犯合祀”が一般に知られるようになったのは、合祀の翌年である昭和54年4月19日の新聞各紙の一斉報道によってである。時の大平正芳首相は、2日後の21日に「人がどう見るか、私の気持ちで行くのだから、批判はその人にまかせる」と言い切って参拝し、さらに、その年の10月18日、翌年4月21日と参拝を続けた。

 ≪合祀反対論は「中国原産」≫
 さて、A級合祀が明らかになったことでどのような論議が起こったか。当時の新聞報道のすべてを追跡するのは大変なので、靖国参拝に最も批判的だったと見られる「朝日新聞」にしぼって検証してみると意外な事実が浮かび上がってくる。 
  政界では
永末英一民社党国対委員長と三原朝雄総理府総務長官が「好ましくない」との見解を述べたにとどまり、各界から寄せられた賛否の意見も紙面に登場したのは翌年のものを含めても十指に満たない。何せ「天声人語」で僅(わず)かに触れたものの、社説には一度も取り上げられたことがなかったのを見れば、このことに対する当時の一般の関心がどの程度のものであったか、おおよそ分かるだろう。
 
大平首相はこの年の12月5日に訪中し、トウ小平副首相ら中国首脳と会談したが、靖国参拝への言及は全くなかったし、翌年5月27日に華国鋒首相が来日した時も同様である。振り返ってみれば、大平首相に続いて鈴木善幸首相、中曽根康弘首相が参拝を重ねたのも、このような状況下でのことだった。
 すなわち、“A級戦犯”合祀問題が首相の靖国参拝に反対する新たな論理として拡大・発展したことなどついぞなかったし(参拝反対論は依然として政教分離問題に集中)、中国もこれを理由として参拝反対を唱えることなど一切なかったということである。

 周知のように、それが表舞台に登場するようになったのは、合祀が判明してから6年以上もたった昭和60年8月15日の中曽根首相の参拝に中国が反対する論拠として唐突に取り上げたことが発端である。毒入りギョーザと同じく中国原産の輸入品であった。

 ≪首相の器量はかる物差し≫
 今日、赤紙一枚で戦地に赴いた人と戦時指導者の間には違いがあるとして、彼らの合祀を快く思わない人々がいることは承知している。しかし、これまでの経緯を見る限り、それは必ずしも日本人の間で自然に発生した議論とは言い難く、本人が意識しているか否かはともかく、中国の意向に沿う形でアレンジされた産物だと見られても甘受せざるを得まい。 
  そこで古賀氏や石原氏に問うてみたい。分祀論に対する批判は既に何度も述べたのでここでは繰り返さない。何よりも、A級合祀が判明した時点から、いや、少なくとも中国がこのことを持ち出す前からこうした発言を続けてきたのか、と。一体、言論の主体性はどこにあるのか−これが両氏に対して抱く根本的な疑念である。

 9月14日の「サンデープロジェクト」は再びこの古賀発言を取り上げ、自民党総裁選に出馬した5人の候補者が見解を求められた。石原伸晃、与謝野馨、石破茂の3氏は明確に分祀論に賛同したが、小池百合子、麻生太郎両氏はそうではない。

 とにかく、麻生氏が首相に就任し、来るべき総選挙は小沢一郎氏との一騎打ちとなるが、小沢氏はかねて分祀めいた論を公にしている。靖国問題は首相としての器量をはかる物差しともなるに違いない。

国学院大学教授 大原康男 産経新聞【正論】
2008.10.16  
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2代目Depotの登場

Depot(ディポ)の容量が満杯になりそうなので、2代目Depotとして立ち上げます。
しばらくの間は試験的にダブりでUPします。

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