2008年12月20日

【老いの一喝】何をいまさら川島芳子

ノンフィクション作家・上坂冬子
 川島芳子がテレビ番組になった(6日)。川島芳子とは中国・清王朝が終わりをとげたとき、最後の親王がそれまで親交のあった長野県出身の大陸浪人といわれた川島浪速に、「玩具として」与えたといわれている娘である。


 時として男装をして男言葉を使い、時として振り袖姿となって宴会の華となり、関東軍の将軍の間を縫って華やかな行動で話題を呼んだ風変わりな彼女は、昭和初期に日本のマスコミの格好の話題となったが、戦後に日本軍に協力した漢奸(かんかん)(中国に対する裏切り者)として北京で銃殺された。


 二十数年ほど前、私もそれなりに関心をもち彼女の歴史的役割を調べるべく『男装の麗人・川島芳子伝』(文春文庫)をまとめたが、言動に一貫性がなく単なる目立ちたがり屋にすぎなかったというのが私なりの結論である。世に言う日中間のスパイだとか、清王朝の再興を目指したとか、関東軍の中枢に入り込んでいたことなども伝聞が多く、確かな裏付けはない。清王朝を再興するには資金が必要である。だが当時、資産のすべてを後に日本船舶振興会会長となった笹川良一氏が一族に分配し、芳子にも5000円があてがわれた。おそらく清王朝の再興などこの時点で打ち切られていたのではないか。


 私が前述の書を出版するや、中国の師範大学の教授から翻訳許可の依頼があった。もちろん断ったが、まもなく『男装女諜・川島芳子伝』とタイトルをつけた訳本の一冊が送られてきて辟易(へきえき)した。彼女はスパイなどできる力量のある人物とは思えないと述べた私の本が、女スパイと題して中国で出版されたのである。ただし当時の中国は国際翻訳協定に加盟していなかったので打つ手はない。さらにこの訳本をもとに中国で映画化され、中国人でありながら日本軍の手先となった女として彼女のイメージが喧伝(けんでん)されている。


 日本のテレビ番組も、芳子が日本の傀儡(かいらい)満州国の建国に協力し、清王朝の再興のために献身しつつも日本の敗戦によって漢奸として処刑されたことになっていた。番組として、何を主張したかったのか私としては理解に苦しむ。番組では川島浪速が清王朝の再興のために子供をつくりたいと芳子を暴力的に犯す場面があり、彼女はそれを機に断髪したように描かれていたが、そんな事実はない。何よりも義父の浪速と芳子の年齢差は42歳である。


 実は芳子の実兄は戦後に日本に亡命して東京の郊外に住んでいた。私は元毎日新聞社社長・田中香苗氏の紹介で彼に会い、編集者とともに丸3日間話を聞いたが、芳子は婦人科の手術をして子供の産めない体になっていたという。


 山口淑子(李香蘭)さんは日本国籍だったために漢奸の疑いが晴れて生還できたが、川島芳子も義父の浪速に日本籍を取得した姪(めい)の戸籍の名前を芳子に変えて送ってほしいと懇請している。彼女の自筆のその手紙はいまも残っているが、この事実を記したのは私の著書だけだから番組では無断引用したのだろう。

 
 最近は映像の分野で古い事件や人物を再現する傾向があるが、制作者が若いせいか意図や事実確認が実に曖昧(あいまい)である。たとえ娯楽番組であろうと、これが許されていいはずがない。

産経新聞2008.12.20

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