2008年11月24日

【土・日曜日に書く】悲劇を追い、語り継ぐ人々

 ≪ささやかな吉報≫
 「墓参できただけで満足なのにあの近くに眠っていたことまで分かったなんて」
 宇山冬実さん(63)は10月下旬、静岡県掛川市の自宅への記者(佐藤)の国際電話に対して、喜びを口にした。
 父、禄郎さん=当時(34)=は終戦直後の1945年9月、スパイ容疑でハルビンからソ連当局に連行された。後にハバロフスクに送られたことが確認されている。生後8カ月で生き別れて父親の記憶すらない冬実さんは、禄郎さんの足取りを追い、モスクワ周辺で銃殺刑に処された可能性が強いことをつかんだ。
 「確かな場所が分からなくてもいいから、父の墓前で手を合わせて話しかけたい」。そう話す冬実さんを、モスクワのドンスコイ墓地にある「日本人埋葬碑」にお連れしたことは9月28日付本紙朝刊で伝えた。
 この時、墓地に備え付けられた圧政犠牲者名簿の中に、「ウヤマ・R」(原文はロシア語)という名前があったと報じたことから、調査を進めた厚生労働省は、ロシア側関係者から、「禄郎さんがこの墓地に埋められたのはほぼ間違いない」との情報を確認した。
 遺骨の所在は確認できてはいないが、冬実さんは禄郎さんのすぐ近くまでたどり着いていたのだ。
 ≪闇に消える犯罪≫
 ドンスコイ墓地では、旧ソ連共産党書記長スターリンの政治弾圧による犠牲者7000人以上の遺体が焼かれ、埋められたとみられている。これはモスクワ周辺に限っての話で、「大粛清」があった30年代から戦後の政治弾圧まで含めれば、スターリンの圧政による犠牲者は、最大2500万人を上回るとの見解も欧米では出た(山川出版社「ロシア史3」)。
 犠牲者の埋葬地はソ連崩壊まで秘密にされ、確たる総数は今もなお不明だ。独裁者の「人道に対する罪」はその死から半世紀を経て、歴史の闇に消えようとしている。
 ロシアで日本人のシベリア抑留問題を20年以上も調査してきたアレクセイ・キリチェンコ氏(72)は、「日本兵は武装解除後、日本に帰還させなくてはならない−と定めたポツダム宣言9条に、スターリンが違反したのは明らかだ」と述べたうえで、「ソ連崩壊後、多数の政治弾圧の犠牲者の名誉回復がなされ、日本人も1200人の名誉が回復された。しかし、検察当局などが積極的に動いた時期はすでに終わっており、名誉回復を願う遺族は自主的にロシア外務省などに申請してアピールする必要がある」と話している。
 ≪心に潜む“亡霊”≫
 キリチェンコ氏は「ロシアではこの問題への関心は低く、仕事を引き継ぐ研究者はいない。私が死んだら終わりだ」と、危機感を示す。「スターリンの犯罪」を追及する組織はしかし、ほかにもある。
 例えば、モスクワの人権団体、「メモリアル」。90年代後半からスターリン時代の弾圧に関する情報収集を始め、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後継組織である連邦保安局(FSB)や検察庁などの資料を基に、2002年ごろから、犠牲者の逮捕事実や殺害当時の状況、埋葬地などを特定してきた。インターネットサイトでは、日本人を含む犠牲者情報を個人別に検索できる(http://lists.memo.ru/index13.htm)。
 「メモリアル」の犠牲者情報は270万人まで増えたが、データを管理するボリス・べレンキン氏は「全体の仕事からいえば、まだ25%前後しか終わっていない」との印象を述べた。そのうえで、「スターリンを称賛し、弾圧を否定する人々は今もいる。心の痛みや不快な思いを脇に追いやり、事実を認めようとしないのだ。半面、ロシアに弾圧の時代が再び戻ってこないという保証はなく、人々の心の中には恐怖感が残っている」とし、現代ロシアでもスターリンの“亡霊”はさまよっていると話す。
 「メモリアル」は10月下旬、37〜38年の大粛清から70年となるのを機に、当時の犠牲者の名前を自主的に集まった市民一人一人が読み継いで追悼する催しをモスクワで開いた。朝の10時から夜の10時まで人の列が絶えることなく続いた。
 名前の読み上げに加わった男子学生(16)は、「ソ連からロシアへと国が変わり、記憶されるべき惨事が忘れられつつある」と、参加理由を話した。
 一時の好景気に浮かれず、心の中の“亡霊”にどれだけの人が本気で立ち向かうのだろうか。それが、この国の行方を大きく左右するような気がしてならない。産経新聞 2008.11.23  モスクワ支局長・佐藤貴生
posted by Depot at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | D/B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/110130881
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。