2009年02月04日

シビリアン・コントロールとは

『基礎からわかる文民統制』
文民による政治が軍隊コントロール

 文民統制とは一般的に、文民による政治が軍隊を統制する原則のことを言う。 軍隊は国の平和や独立を守り、国民の安全を確保する実力組織だが、統制を誤ると、国民が危険にさらされる恐れがある。このため、日本を含む各国では軍の政治介入を防ぐとともに、軍を活用する観点から、文民統制を確保する仕組みを整備してきた。

 2008年版防衛白書は文民統制について、「軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的な政治統制を指す」と説明し、 「わが国の場合、終戦までの経緯に対する反省もあり、自衛隊が国民の意思によって整備・運用されることを確保するため、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格な文民統制の諸制度を採用している」と強調している。 まず、憲法では、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」 (66条2項)と規定。

 そのうえで、政府は「文民」について、「(ア)旧陸海軍の職業軍人の経歴を有する者であって、軍国主義的思想に深く染まっていると考えられるもの(イ)自衛官の職に在る者−以外の者」(内閣法制局作成資料)としている。 戦前は、武官が首相や閣僚を務めたことがあったが、今は自衛官は防衛相を含め、閣僚になることはできないというわけだ。 防衛省の次官、局長をはじめとする内部部局の事務官らは法律上、「自衛隊員」ではあるが、制服組の「自衛官」ではないため、文民と位置づけられる。実際、防衛相を補佐する立場から、内閣官房や他省庁との政策調整や国会答弁を担ってきた。 ただ、文民統制上の位置づけは定かではない。 石破茂・元防衛相は昨年12月の参院外交防衛委員会で、「背広(事務官ら)であれ、制服であれ、国民に対して直接責任を負い得る立場にない。文民統制の主体だとは思っていない」と述べ、統制する側ではないとの考えを示した。
 
 また、増田好平防衛次官は13日の記者会見で、「私も防衛省の一員であり、統制の対象という言い方もできるのかなと認識している」と述べた。
 一方、外国に目を向けると、英国では、文民統制の制度は、議会が絶対君主の王権を制限する立憲主義を確立する過程で形作られたと言われている。英国は名誉革命後の1689年の 「権利章典」で、平時に議会の承認なしに常備軍を徴集し、維持することは違法と定め、軍に対する議会の統制を規定した。

 1787年に制定された米国の憲法や、1791年制定のフランス憲法でも、それぞれ文民統制の規定が明記された。独立宣言を起草した米国の第3代大統領ジェファーソンは1801年の就任演説で、「軍部に対する文民の優越の確立・維持」と語り、米国の文民統制の基本となっている。 現在、先進諸国では、議会が国防に関する重要事項を議決し、大統領や首相が国防の最高責任を負い、文民統制を確保する点で共通している。ただ、その仕組みは一様ではない。


■運用基準明確性欠く
 Q問題点は

 自衛隊に対する文民統制は、様々な仕組みで行われている。主体となるのは国会、内閣、防衛省(相)の三つの機関だ。
 国権の最高機関である国会は、法律や予算の議決で自衛隊の定数や組織、装備品などを決定する。国会での議論は、自衛隊の能力だけでなく、防衛の基本方針にも影響を与えるため、国会は「文民統制の要」と位置づけられてきた。 防衛出動や治安出動、国連平和維持活動(PKO)協力法に基づく海外派遣なども国会の承認事項だ。自衛隊による無制限の活動を抑制する役割も担う。

 自衛隊は、首相が閣僚を通じて指揮監督する行政組織の一つだ。ほかの省庁と同様、文民である首相が最高の指揮監督権を有することになる。さらに、内閣には、関係閣僚が主要メンバーの「安全保障会議」が設けられ、国防に関する重要事項が審議される。 防衛相が文民統制を維持するための「究極の手段」 (防衛省幹部)が、自衛隊法に基づく自衛官に対する人事権の行使と言える。田母神氏の論文問題でも、浜田防衛相はただちに同氏を更迭し、「これこそ文民統制だ」と説明した。
 さらに、防衛省は訓令で、武器使用などの部隊行動基準(ROE)を防衛相の承認事項としている。これにより、防衛相は緊急事態で自衛隊がとる行動をあらかじめ把握し、時に厳しく抑制することも可能になる。

 自衛隊に対する文民による統制は事細かで、日本の文民統制は制度としては、かなり整っていると言われている。 ただ、田母神氏の論文のケースでは、「どういう言
動か文民統制上、問題になるのか」という制度を運用する基準のあいまいさを指摘する声も出た。 今回、問題視されたのは、@職務に関する意見を外部に発表する際、事前に書面で届け出ることを定めた防衛省の内規に反して、論文を発表したA歴史認識などで政府見解と異なる意見を公にしたIといった点だ。

 論文発表の手続きに関しては、田母神氏は11日の参院外交防衛委員会での参考人質疑で、「論文は歴史研究の成果として書いた。職務に関係していないので通知しなかった」と主張した。政府見解との関係については、「政府見解で言論を統制するのはおかしい」などと述べた。
 防衛省内では、「自衛隊の運用について発言した栗栖氏と違いヽ田母神氏は独自の歴史認識を披露しただけなので、懲戒処分の審理をしても、免職にはできなかったのではないか」との見方もくすぶっていた。

  しかし、元陸上自衛隊北部方面総監の志方俊之帝京大教授は「自衛隊内で影響力が大きい上級指揮官にとって、歴史認識は職務のうちだ」との見方を示す。麻生首相も13日の同委員会で、「空幕長となると、公の場で政府見解と違った発言をすることは制限されざるを得ない。それがいやなら、任務に就くべきでない」と明言した。

  こうした認識のずれを解消するためにも、今後は文民統制にかかわる具体的な事例の分析も必要になると見られる。浜田防衛相は11日の同委員会で、「(自衛隊員が外部に意見を発表する際の手続きの)基準は明確であるべきだ。しっかりとした基準を作りたい」と答弁した。


■過去にも混乱

 日本では、過去にも、文民統制のあり方が大きな議論になったことがある。 代表的なケースは、1965年の「三矢研究」と、1978年の栗栖弘臣統合幕僚会議議長の解任事件だ。 三矢研究は、防衛庁の統合幕僚会議事務局が63年に行った「昭和38年度統合防衛図上研究」のことだ。朝鮮半島有事が日本に波及する事態を想定し、自衛隊の防衛出動や戦時立法などを研究した。
 
 2年後に社会党が国会で取り上げるまで、佐藤栄作首相も知らされていなかったため、野党は「制服組の独走」などと追及した。防衛庁は「政府が計画や方針を決定するためではなく、単なる研究だ。研究の結果、何らかの措置が必要なら防衛庁長官に要望が行われ、長官がその処理を判断する。文民統制は確保されている」との見解を示したが、国会審議は紛糾し、有事法制整備が遅れる大きな原因となった。

 解任事件は、栗栖氏が週刊誌のインタビューで、、 「(日本が奇襲攻撃を受けた場合、自衛隊の)現地部隊はやむにやまれず、超法規的行動をとることになるでしょう。法律がないから何もできないなどと言っちゃいられないような事態が将来、起こりえる」と発言したことが発端となった。 有事法制の必要性を指摘するものだったが、当時の金丸信防衛長官は「真意はともあれ、自衛隊が現行法制を無視して行動する可能性があるかのごとき誤解を与える」として議長を解任し、栗栖氏は勧奨退職に応じた。

 ただ、栗栖氏も発言が不適切とされながち、懲戒処分は行われなかった。幹部自衛官が発言を理由に懲戒処分を受けたのは、過去に1例しかない。1992年、陸上自衛隊高射学校の戦史教官だった柳内伸作3佐の「クーデター」論文問題だ。柳内氏は週刊誌に、「(政治腐敗を)断ち切るにはどのような手段があるか。革命かクーデターしかありません」と、自衛隊によるクーデターを容認するような論文を寄稿。防衛庁は「品位を保つ義務に違反した」として、懲戒免職処分とした。

■「背広組による統制」と曲解
Q導入の経緯

 日本はどのような経緯で文民統制を導入し、現在に至っているのだろうか。戦前、日本は軍の最高指揮権である統帥権が議会から独立し、軍事に対し、内閣や国会という政治の統制が及ばなくなってしまい、旧陸海軍の独走を許す結果となった。この反省から、1950年に自衛隊の前身である警察予備隊を創設する過程で取り入れられたのが、欧米にならった文民統制だ。

 だが、その経緯は複雑怪奇なものだった。連合国軍縮司令部(GHQ)の指示で、政府は予備隊創設に取りかかったが、その構想は、予備隊トップの長官以下全員がユニホーム(制服)を着て、7万5000人の部隊を指揮監督するシステムだった。 ところが、この構想に在日米軍事顧問団の幕僚長だったフランク・コワルスキー大佐
らは「シビリアンコントロールの見地からいって認められない」と猛反対した。
 この時初めて、政府の担当者は「シビリアンコントロール」という言葉を耳にしたという。その時の模様は、防衛法制史の権威で、元陸将補の宮崎弘毅氏(故人)が、11年前に当時の防衛庁で講演した資料に詳しい。


 「米顧問団からシビリアンコントロールと聞かされた時、通訳は『文官統制』と訳した。文民という言葉など知らず、旧事時代の武官(軍人)と文官(官僚)のことだと思ったからだ。ところが、当時の内務官僚(後の防衛次官)がこの訳語に飛びついた。予備隊本部に配属される100人の官僚が、制服をコントロールすることと都合良く解釈した。その後、それがいつの間にか定着してしまった」 この結果、わが国においては、本来「政治による軍の統制」であるはずのシビリアンントロールが、長い間、防衛省の官僚(背広組)が自衛隊を統制することとされてきた。現在に至ってもなお、防衛相を補佐するスタッフである防衛省内局の課長以上の主要ポストに、自衛官が就いていないなど、他国に例を見ない形が続けられてきた。
 戦後日本的なシステムとも言えるが、このシステムが温存されてきたのは、予備隊創設時の経緯だけではない。そもそも日本国憲法は「戦力」を持だないと明記しているため、軍隊を統制するための詳しい仕組みが必要なかった。

 このため、66条2項で大臣について文民規定を設けているほかは、憲法にはシビリアンコントロールにかかわる規定はない。欧米では、議会に軍事に閲する基本権や統帥権があることが、憲法で規定されているのと比べて大きな違いだ。

      ◇
 読売新聞20.11.14、編集委員・勝殷秀通、政治部・中山詳三、一志磨力が担当

文民統制の流れ

posted by Depot at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | D/B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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