2009年07月12日

◎基礎からわかるウイグル情勢 読売21.7.10

大多数がイスラム教徒
 中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで5日、少数民族ウイグル族による大規模な暴動が起き、中国当局の発表で156人が死亡する惨事となった。ウイグル族とは、どんな人々なのか。中国で多数派の漢族との対立は、なぜ深刻化しているのか。今年10月に建国60年を迎える中国共産党の少数民族政策の実情を紹介し、今回の暴動の背景を考える。

Qどんな民族か
 ウイグル族は、トルコ系のイスラム民族だ。紀元前3世紀ごろの北方遊牧民が祖先とされ、モンゴル高原から9世紀ごろに、今の新疆ウイグル自治区一帯などに移住してきた。
 かつて、欧州と中国を結んだシルクロード沿いのオアシス集落や周辺農村で、ブドウ栽培などの農業や牧畜業を営んできた。改革・開放後の1980年代以降、経済発展した沿海部に出稼ぎに出たり、隣接する中央アジアとの貿易に従事するウイグル商人も増えている。

 大多数がイスラム教徒で、各都市にはモスク(イスラム教礼拝所)がある。中国語と異なる独自の言語ウイグル語で生活し、アラビア文字を基にした文字を使用。「ウイグル」とは「団結」の意味。若者を中心に中国語を話せる住民が増えている。「ナン」と呼ばれる円形のパンやめん類を主食とし、独自の音楽や舞踊を持つ。つばのないウイグル帽などの民族衣装をまとい、生活習慣は、漢族と大きく異なる。日本など国外からの観光客も多く訪れ、孫碧空が活躍する「西遊記に登場する火畑山で有名なトルファンなどの観光地が多い。

 中国の歴代王朝は、新疆一帯を「西域」と呼び、シルクロード通商の要衝と見なしてきた。18世紀半ば、清朝の乾隆帝が一帯を征服、「新たな領域」を意味する「新疆」の名称は、そのころにつけられた。
 民族意識が高まったのは、清朝崩壊後だ。新疆一帯を「東トルキスタン(トルコ人の土地を意味する)」と呼ぶ独立運動が活発化。33年と44年には「東トルキスタン共和国」成立がそれぞれ宣言されたが、指導部内の対立や、ソ連の支持を得られずに短期間で消滅した。

 49年に成立した共産党政権の支配に反発するウイグル族の中には、中央アジアやトルコ、欧米諸国に逃れた人も少なくない。世界21か国に散らばる亡命ウイグル人祖織「世界ウイグル会議」(本部=独ミュンヘン)が、ウイグル族の人権擁護や当局による「抑圧」を国際社会に訴え続けている。
 人権擁護活動をしたために投獄されたウイグル人女性、ラビア・カーディルさん(62)(米国在住)が同組織議長で、ウイグル人社会の象徴的存在になりつつある。日本には約800人のウイグル人がいるといる。


Q少数民族政策は?
「自治」は限定的
 中国には大多数を占める漢族以外に、55の少数民族がいる。2000年の全国人口調査によると、漢族が約11億6000万人に対し、少数民族は総人口の約8・4%にあたる約1億600万人。最多はチワン族の約1600万人、最少はロッバ族で約3000人だった。

 中国共産党は、民族独自の文化や風習を生かすためとして、「民族自治」区域を設定。省レベルの「自治区」は五つで、面積は国土の45%を占める。省より下にも「自治州」「自治県」が150ある。ただ、「自治」が強調されても、実態は新疆ウイグル自治区と同様に、漢族中心の支配が行われている。
 自治区の人口比は、チベットでは9割を少数民族が占めるが、内モンゴル、寧夏回族、広西チワン族の3自治区は漢`族が多数派だ。そのチベットでも、2006年に北京などから区都ラサに直結する青蔵鉄道が開通。漢族流

入が増加し、地域の「漢族化」が進んでいるとみられている。
 また、「自治」と称しても、高度な自決権は認められず、統治の実権は党と中央政府が握る点も共通する。少数民族の幹部登用、民族言語の使用など、認められた「自治」は限定的だ。
 少数民族が暮らす地域は、主に国境地帯の辺境が多く、約600ある国の貧困対策・開発重点県の半数近くが少数民族地域で、少数民族の経済的な立場は弱い。政治、経済、文化の各面で優位に立つ漢族と、少数民族との摩擦は尽きない。

 昨年3月には、チベット族による大規模暴動がチベット自治区や近隣の四川省、青海省などに拡大。中国政府発当分約20人が死亡(チベット亡命政府側発表では220人が死亡)する惨事となった。背景には、チベット族の宗教を尊重しない漢族への反感や、チベット族の経済的な困窮などが指摘されてきた。


Q 暴動の経緯は?
 中国の新華社通信の報道によると、ウルムチの暴動では、一般市民ら156人(男性129人、女性27人)が死亡、少なくとも1103人が負傷した。暴動には数千人が参加したとみられ、1434人が拘束された。死者のうち、ウイグル族と漢族の内訳は公表されていないが、昨年のチベット暴動を上回る、近年で最大規模の民族衝突となった。

 発端となった事件は、6月26日、広東省詔関市の玩具工場で発生した。中国の報道によると、ウイグル族男性が漢族の女性を暴行したとのうわさが工場内で広まり、両民族の労働者数百人の乱闘に拡大。100人以上が負傷し、ウイグル族2人が死亡した。当局は、7日までにウイグル族3人を含む15人を拘束した。 
 インターネットなどを通じて事件を知ったウイグル族は5日、当局に真相究明などを求めるため、ウルムチ市中心部に集結。これが警察部隊と衝突し、暴動に発展したとみられている。

 暴動にいたる経緯をめぐって、「海外からの指揮による計画的、組織的な暴動」と位置付ける中国政府と、亡命ウイグル人組織「世界ウイグル議」の主張は真っ向から対立したままだ。
 新華社電によると、中国当局は5日未明、ネットを通じたウイグル族のデモ呼びかけ情報を察知し、市中心部2か所に武装警察を配置。同日午後6〜8時ごろ、集まった数千人が各所で市民の殺傷や車両破壊行為に及んだため、鎮圧と拘束に当たった、とする。
 一方、世界ウイグル会議側は、広東省の事件に憤ったウイグル族住民の自然発生的な集まりだったと主張。5日午後5時ごろ、学生中心の「平和的な行進」が始まったが、警察が催涙弾や「電流棒」などを使い制圧に乗り出したため、これを知ったウイグル族住民がさらに集結、衝突が拡大したという。同会議側は無差別発砲もあったとして、中国政府を非難している。


Q漢族となぜ対立するのか

「漢族は自分たちが最も偉大な民族だと考え、ウイグル族を差別してきた。漢族への積年の怒りがある」。日本に住む、あるウイグル人は、漢族に対するウイグル族の反発を、こう表現している。
 背景には、漢族が自治区内で、政治、経済双方で優位に立つ現状がある。

 1949年に中華人民共和国が成立、共産党政権は軍を進駐させ、分離・独立の動きを抑え込む一方、54年に発足させた「新疆生産建設兵団」が、開墾や社会基盤整備を進め、多くの漢族の移住を進めた。また、2000年以降に本格化した国策「西都人開発」では大量の資金を投下、ウルムチなどの都市建設が進んだ。その結果、漢族人口が急増、建国時の1949年に25万人だった漢族は、2006年には812万人に。自治区の約4割が漢族となり、ウイグル族は「漢族移住者がウイグル族の仕事を奪っている」と見ている。 歴代の自治区トップは漢族だ。
ウイグル族幹部には事実上のナンバー2として、漢族主導の共産党に忠実なことが求められる。「世界ウイグル会議」議長のラビア・カーディルさんも、90年代に人民政治協商会議委員を務めたが、ウイグル族政治犯が多数処刑されていることを訴えたことで投獄され、来国への亡命につながった。
 中国政府はまた、2001年の米同時テロ以降、ウイグル族独立派を「テロ分子」と見なし、住民監視を強めたため、ウイグル族の反発を招いた面もある。亡命組縁側は、中国当局がウイグル族と漢族の「同化政策」を強化していると訴えている。「ウイグル族を沿海都市に安価な労働力として強制移住させ、子どものウイグル語学習の機会を奪っている」というのだ。さらに、自治区内で1964〜96年に行われた核実験への反感もくすぶる。

 同自治区は原油や天然ガスなどの地下資源が豊富で、中国政府にとっての戦略的な価値は高い。中国政府は、こうした利権を維持しつつ、経済発展でウイグル族を懐柔しようと躍起だが、ウイグル族の目には「漢族に都合の良い開発」にしか映っていないようだ。
ウイグル1.jpgウイグル2.jpgウイグル3.jpg

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2009年06月26日

死刑

死刑囚.jpg世界の死刑制度.jpg
読売新聞 21.6.26
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2009年05月09日

【正論】 恥ずかしい国に住んでないか

                                                      2009.5.8   筑波大学大学院教授・古田博司
 ≪日本の世界史的役割に目を≫

 もういいかげんに覚悟を決めたらどうだろうか。中国には海を奪われ、油田をかすめ取られ、毒食を送りこまれて知らぬ顔の半兵衛を決めこまれ、国連で常に妨害され、韓国には島を占拠され、野球のWBCのマウンドに太極旗を立てて侮辱され、北朝鮮には人さらいをされ、ミサイルを発射され、これら特定アジアからそろって偽史まで強要されている。そのような恥ずかしい国に住んでいくという覚悟を、もう決めた方がよいのではないか。

 
 海の向こうには三種一様の国がある。日本軍と戦わずしてアメリカに解放してもらった国(韓国)、少しゲリラ戦をしたが大負けに負けてソ連の傀儡(かいらい)にしてもらった国(北朝鮮)、別の人たちが日本軍と戦っている間に山で英気を養い、戦後、前に戦っていた人々を追い出して独立した国(中国)。これらは日本に戦勝したという偽史なしには国民の物語が作れない国々であり、これからも絶えず日本と戦っていると国民にアピールするために、日本の主権をおかし、侵略をしつづけることであろう。


 日本がかつて彼らに悪辣(あくらつ)なことばかりしてきた、などという進歩的文化人や良心的知識人のウソを、いつまでご託宣のように信じているのだろうか。日本は彼の地を征服し、近代の民法典や私有財産制を移植した。仏人にそういうと、「なんだ。ナポレオン・ボナパルトではないか」との答えが返ってきた。日本の世界史的役割とは、案外そんなものだったのかもしれない。日本が敗れてからは、それらの遺産を活用した韓国は栄え、払拭(ふっしょく)して社会主義を始めた中国や北朝鮮は、あるいは遅れ、あるいは衰えていったのであろう。


 ≪独裁国家同士による大団円≫

 時代は変わって、いまや世界は四つの国家群に分けることができるようになった。進歩主義は幻想となり、静的に四群が並存するだけの世界である。いわく、資本主義も民主主義もできる国、資本主義はできるが民主主義ができない国、資本主義も民主主義もできない国、何もできない国、以上である。後ろの三つは大体独裁国であるから、いかに人間存在が独裁好きかということがよく分かると思う。独裁国家は民主主義を排除するために、陰に陽に協力し合う。


 4月5日の昼、北朝鮮のミサイルの脅威が日本列島に躍りかかった。ミサイル実験のデモンストレーションは武器の販路を広げ、北朝鮮製の装甲車やロケット弾を積んだ偽装船舶はさらにインド洋を北上することであろう。結局、国連での事後処理は民主主義国家に脅威を与えたい中国やロシアにまかされ、独裁国家同士の大団円となって終わった。なぜ我が国民は怒り、立ち上がろうとはしないのだろうか。


 今年からグーグル地図が一部更新され、北朝鮮の火力発電所が盛大に煙を上げているのが上から見られるようになった。プルトニウム開発の寧辺から河をはさんだ南方に北倉火力発電所がある。そもそもソ連の技術援助で1982年に完成したもので、出力が150万キロワットもあるが、長い年月で老朽化していた。2007年6月、ここに国家科学院と、機械工学研究所の研究員が入り、再開発の意図がはじめて明らかになった。


≪良好な北のエネルギー事情≫

 
 7月には、電力工業省傘下の火力発電局の担当が降りていき、8月には灰処理基本工事を完成、11月からはボイラーとタービンの大々的な補修が報じられた。12月には、北倉郡の近隣で各出力20万キロワットと推定される安州市の清川江と、順川の火力発電所のボイラー並びに発電設備の補修が同時進行中であることも報じられた。


 以後、北倉は手厚い支援を受け、08年3月にはボイラーに重油が入っていることが確認され、4月には「工業試験所の技術者たちはボイラーに新しい重油供給装置を全面的に取り入れ燃料効率を高めた」と労働新聞(4月29日付)に載る。


 のみならず、先の火力発電所群と同じ北緯39度から40度の間で、元山、金野江、水洞区、寧遠などに、水力発電所が次々に建設された。元山では4基計8万キロワットの水力発電所が、金野江では写真から30メートル級のダムが建設され、寧遠では発電機、タービン、変圧器など新しいものが次々と搬入されていると去年の6月に報じられたが、いまグーグル地図を見ると、中型のダムをそこに認めることができる。目下、北朝鮮のエネルギー事情は良好であり、ウラン濃縮のためには万全の体制が整ったと言えよう。


 現在中国は、外貨備蓄を米国債の購入に充てアメリカに無言の圧力をかけるとともに、北朝鮮のエネルギー開発を援助することにより、日本に有形の脅威を間接的に与えている。資本主義はできるが民主主義ができない国々がテロ国家を番犬のように使い、影響力を世界に拡大しようとする戦略は、かつては社会主義で貧乏だった大国が、昔の野望を実現できるようになったということだけなのかもしれない。

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2009年05月07日

グルカ兵 悲しき歴史・・・光を

元グルカ兵、永住権を要求 「国のために戦った兵士を切り捨てるのか」 英政府、待遇改善へ
                                                産経新聞 2009.5.4
 
グルカ兵.jpg 

 【ロンドン=木村正人】英軍で長年戦ってきたグルカ兵の退役軍人全員に、英国での永住権を認めるべきだとする野党の動議が英下院で可決された。英政府は1997年以前に退役したグルカ兵の永住権を原則として認めておらず、元グルカ兵は「命懸けで戦った兵士を切り捨てるのか」と永住権の付与を訴えてきた。動議には法的拘束力はないが、ブラウン政権が対応を迫られるのは必至だ。

 この動議は野党第2党・自由民主党から「英国は元グルカ兵の貢献に報いるべきだ」として提出され、最大野党・保守党も同調。4月29日の下院で与党・労働党からも造反28人、棄権約80人が出て、21票差で可決された。ブラウン政権が法案などの採決で敗北するのは2007年6月の就任以来初めて。


 忠誠心の高さと勇猛果敢な戦いぶりで知られるグルカ兵が英軍部隊に組み込まれたのは、大英帝国とネパールの間で起きたグルカ戦争(1814〜16年)がきっかけ。ネパールのグルカ兵に苦しめられた英軍は戦後、ネパールに圧力をかけグルカ兵を雇い入れた。英軍内のグルカ兵は最大時に11万2000人に達し、現在も英ケント州を拠点に3500人が任務に就く。

 
 1997年に香港が中国に返還されるまで、グルカ兵部隊の拠点は英領・香港にあった。このため英政府は、返還前に退役したグルカ兵と家族については「香港に居住し英国とのつながりは薄い」として、英国での永住権を与えなかった。永住を希望したのに却下された元グルカ兵は3万6000人にのぼるという。
 一方で、英軍で4年間勤務した他の外国人には永住権が与えられていることから、元グルカ兵5人と遺族が「不公平だ」として永住権の付与を求めて提訴。英高等法院は昨年9月、原告勝訴の判決を言い渡した。


 判決を受け、ブラウン政権は規則を改正し4000人以上の元グルカ兵の永住権を認める意向を表明。しかし実際には、(1)戦功により勲章を受章した(2)戦闘で負傷した−などの条件が定められており、元グルカ兵の支援団体は「該当者は100人程度にとどまる」と反発していた。


 今回の動議可決で、政府は条件緩和を余儀なくされる見通しだ。政府は現在、ネパールに帰国した元グルカ兵に対し、英兵の3分の1程度の年金しか支給していない。ただ、永住権を広範に認めた場合、英兵と同額の年金を支給しなければならず、多額の支出増を強いられることになる。

    
■グルカ兵 
 名称はネパール王朝の発祥地「グルカの丘」に由来する。第一、第二次大戦では計20万人以上が英軍とともに戦い、約4万3000人が戦死。フォークランド紛争やコソボ紛争、イラク戦争にも従軍した。
 最近ではアフガニスタンにヘンリー英王子とともに従軍した。毎年、2万人以上の志願者の中から、約30キロの荷物を背負って40分間で丘を駆け上るなどの難関を突破した若者200人が選ばれる。
 「ククリ」と呼ばれる長さ45センチのナイフを携帯。死を恐れず戦うことを幼いころからたたき込まれるという。

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2009年04月28日

アルコール血中濃度と酔いの状況

アルコール血中濃度と酔いの.bmp
産経新聞21.4.24
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2009年04月27日

上海モーターショー 中国製そっくりカー続々

上海モーターショー そっくりカー続々.bmp
産経新聞21.4.24

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2009年04月08日

2008年度 車種別新車販売ランキング

2008新車販売ランキング.jpg
読売新聞21.4.7
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2009年04月07日

2009年 日本人大リーガー分布図

2009年 日本人大リーガー分布図.jpg
読売新聞21.4.6
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2009年03月30日

【土・日に書く】雪の下で燃え続ける希望

産経新聞政治部 福島香織 2009.3.29
 絶望したことがあるか、と問われて振り返ると、私はとりあえずそういう経験がなかった。紛争もクーデターもない、そこそこ安定した民主主義国家日本では、そうそう絶望するような不幸は訪れない。しかし、天災も事故も犯罪もいつこの身にふりかかるかわからないのも確かで、そういうとき、いったい自分はどのくらいの不幸や試練に耐えることができるのだろう。

 ≪パルデン・ギャツォ≫
 そういうことを考えてしまったのは最近、チベット問題をテーマにしたドキュメンタリー映画「雪の下の炎」を見たからだ。監督は1973年生まれの日本人女性。ニューヨーク在住で楽真琴(ささ・まこと)さんという。昨年のトライベッカ・フィルム・フェスティバルでプレミアム上映され好評を得たこの映画が4月11日から渋谷のミニシアター・アップリンク(http://www.uplink.co.jp/top.php)でも上映されることになり、東京に一時帰国していた楽さんとお会いする機会があった。そのとき彼女がこういったのが印象深かった。

 「大学を出てすぐニューヨークに行ったばかりのとき、挫折感と孤独感でどうしようもなかった。でもパルデン・ギャツォのことを思うとがんばれた。30年以上も投獄されて、ひどい拷問にもあっても、笑顔を忘れないチベットのお坊さんがいるんだ。こんなことで泣きごといっちゃだめだと」

 ≪拷問にも屈せず≫
 チベット僧、パルデン・ギャツォ師のことを少し紹介する。1933年生まれのラサ郊外のデプン寺院の僧侶。1959年3月のラサの蜂起に参加したとして60年に投獄される。尋問や思想教育に抵抗し、脱走を重ねたためその後も延々と投獄され続けることになる。殴るけるは言うに及ばず、電気棒を口につっこまれてはすべての歯を失い、体中にやけどを負わされる拷問も受けた。しかし最後まで自分を失わず、飢餓や暴行死、自殺で次々政治囚仲間が亡くなっていく中を生き抜いた。アムネスティ・インターナショナルの働きかけで1992年に釈放された後はインド・ダラムサラに亡命し、今もフリー・チベットを訴える活動を続けている。

 彼は自伝『雪の下の炎』(ブッキング刊)の中でこう語る。「人を自らの命を絶つところまで追いつめるような極限状態の絶望感は、誰にも理解できるものではない。私自身は仏教の僧侶であり、人の命をこの世で最も大切なものと考えるように教えられてきた。それに、私を苦しめる者たちに、まだ屈してはいない」
 中国共産党は政治囚に思想教育するとき「虚(むな)しい希望は捨てねばならない」と好んで言う。希望を持ち続けることが抵抗であり、当局がもっとも恐れることでもあるという。だから、壮絶な経験を経ながらもパルデン師は希望に満ちた穏やかな笑みを見せる。
 こういう精神の強靭(きょうじん)さこそが、過酷な自然の中で鍛えられたチベット仏教の神髄なんだろう。チベット仏教に詳しい早稲田大学教育・総合科学学術院の石濱裕美子教授はその強さについてこういった。「中国共産党によってチベット仏教文化が絶滅させられるという人がいるがそれはありえない。中国の王朝の歴史とチベット仏教の歴史を比べれば、仏教の方が圧倒的に長い。“共産党王朝”が滅ぶ方が早いですよ」

 ≪絶望しないチベット≫
 ダライ・ラマ14世が亡命してから50年の今年、チベット自治区や周辺のチベット族地域の現状は以前にもまして厳しい。21日は青海省ゴロク・チベット族自治州で僧侶を含む大勢の市民が警察署を襲撃し暴動が起きたと、国営新華社通信が報じた。この件で93人の僧侶を含む95人が逮捕されたという。四川省アバ県ではチベット正月の2月、キルティ寺の僧侶が街中で抗議の焼身自殺をはかり、軍の発砲を受けたという。相互監視、密告、思想教育。最近のめざましい経済発展とは裏腹に、チベット族地域ではかつての文化大革命に匹敵する暗黒の時代ともささやかれている。精神的支柱のダライ・ラマ14世は高齢で、国際社会も中国の機嫌をそこねたがらない。客観的にみれば希望と呼べるものはほとんどないのに、しかしなぜか、余裕がないように見えるのは中国当局の方である。

 チベット問題は日本人になじみが薄い。自分と関係のない遠い世界のこと。だが、この万年雪の下で燃え続ける炎のような「絶望しないチベット」に心動かされないか。もし、もうダメだと思うような不幸や試練に直面したとき、ふとそういう強い魂がこの世にあると思いだすだけで、自分を励ます力となるかもしれない。楽さんがそうだったように。(ふくしま かおり)
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理想の上司

理想の上司.jpg

読売新聞 21.3.27

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2009年03月29日

世界の主な中・長距離弾道ミサイル

世界の主な中・長距離弾道ミサイル.jpg
 
読売新聞 21.3.27
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2009年03月27日

中国による最近の国外資源関連プロジェクト

中国による最近の主な国外支援関連プロジェクト.jpg

産経新聞21.3.26
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2009年03月26日

高砂族義勇兵英霊記念碑

高砂族義勇兵英霊記念碑.bmp

産経新聞21.3.25

日本のために戦い亡くなられた高砂族の英霊に敬意を表すために記念碑の移転・修復のための義捐金を送ったものとして今回の措置は嬉しく思います。
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2009年03月23日

■ 国際派日本人養成講座 ■ 国際社会は戦場だ!

   国際社会は、国家という運命共同体がぶつかり合う戦場だ。
■転送歓迎■ H21.03.22
 

■1.「国際社会は戦場だ」■

    「国際社会は戦場だ」と言うのは、国際電気通信連合(ITU)事
    務総局長の内海善雄氏である。この場合の国際社会とは、政治、
    経済、外交、ビジネス、学会などでの国際交渉の現場をいう。

         個人的にはまともな考えを持っている外国人も、国を代
        表したり、企業の利益のために働いたり、国際社会で駆け
        引きをはじめると、国際社会の行動原理に基づいて、情け
        容赦のない行動をとります。なぜ、個人的には情けのある
        人が、国際社会では別人になるのでしょうか? それは、
        国際社会が、運命共同体である国内社会ではなく、運命共
        同体がぶつかり合う戦場だからです。そしてそんな戦場で、
        情けのある行動をとれば、負けるだけだからです。[1,p21]

     内海氏は国際機関の事務総局長として、こういう「戦場」を
    いやというほど経験してきた。そこから生まれたのが著書
    『国連専門機関の事務総局長が"勝つための"国際交渉術教えま
    す』である。

     現在では、多くの日本人が外国に赴任・出張したり、また国
    内でも、外国企業と取引したり、外国人社員と働く機会も少な
    くない。

    「運命共同体である国内社会」での「ムラ社会モード」と、
    「運命共同体がぶつかり合う戦場モード」の違いがどんな所に
    あるのか、内海氏の体験から学んでみよう。

■2.国際社会は短期的利益追求■

     戦場では、その場その場の戦いを勝ち抜くために、短期的な
    利益追求に走ることがある。それは長期的な信頼を大切にする
    平和なムラ社会モードの日本人から見れば、「なぜこんな馬鹿
    なことをするのか」と思うことがある。

         2002年、ITU全権委員会会議で英国は、電波局長と理
        事国の2つの選挙に立候補した。そしてITUの分担金
        (ITUの分担金は任意拠出制になっている)を増額する
        ことを約束し、選挙戦を展開した。

         ところが、残念ながら英国は、両方の選挙に敗退してし
        まった。と、驚いたことに、英国は、約束した分担金の増
        額の約束を反故にした上にその分担金を逆に引き下げてし
        まったのであった。

         日本人にとっては、選挙に負けていくら腹が立とうとも、
        約束した分担金引き上げを反故にしたうえ、反対に引き下
        げまで行うなどという行為は、信用を失い、次の選挙でさ
        らに不利になると考えるだろうが、英国代表は「ITUに
        多大な貢献をしている英国を選ばない国に対して、思い知
        らすために分担金を引き下げるのだ」と説明をした。

         英国の行動は、長期的な視野にたった関係を重視するも
        のにとっては理解しがたい。しかし、国際社会が戦場であ
        り、その時その時で勝利を収めなければならないものだと
        すれば、英国の判断も理解できるものである。国際社会で
        百戦錬磨の英国が、このような判断をすることは、国際社
        会が如何に戦場であるかの一証左である。[1,p23]

     平和で安定したムラ社会でこんな事をすれば、何代にも渡っ
    て「あの家は」と後ろ指を指される。ところが、戦場において
    は、「英国を怒らすと後が怖い」と有利になる。

     仮に日本が選挙に負けても、約束通り分担金を引き上げたら、
    どういう反応を招いたろう。日本は「投票してやらなくとも金
    を払ってくれる現金支払機だ」とつけこまれるか、あるいは
    「とてつもない陰謀を巡らしているのでは」と疑われるのが、
    おちだろう。

■3.国際社会は責任逃れ■
   
     この英国の分担金引き下げには、後日談がある。

         前述したように、選挙に敗退した英国がITUの分担金
        を引き下げたため、多くの西洋諸国が、英国とのバランス
        をとるため分担金を削減した。その結果、ITUはたちま
        ち財政危機に陥ってしまった。

         しかし、これら西欧諸国は、自分らが行った分担金の削
        減を一切棚上げして、財政危機が起きたのは、事務局の運
        営が非効率であるからだと主張し、一方的に事務局の合理
        化を要求した。

         日本社会であれば、財政危機は、分担金を削減したこと
        によって起きたことであるから、原因を起こした者が負担
        を負う、すなわち、サービスダウンを許容して経費削減を
        行うことを考えるだけだろうが、国際社会では、そのよう
        な甘い考えは通用しない。原因を起こした者は、関係ない
        ところを攻めることにより、責任逃れをするのである。
        [1,p29]

     英国も他の西洋諸国も、財政危機が起きたのは、自分たちが
    分担金を引き下げたからだとは、腹の中では分かっていたはず
    だ。日本のムラ社会では許さるはずもない、こんなあからさま
    な責任逃れが、戦場では通用するのである。
   
■4.国際社会は二枚舌■

     1980年代のこと、日米通商交渉の一環で、内海氏は電気通信
    の自由化に関する交渉に携わった。問題となったのは、通信機
    器の「プロトコール」と言う通信のやり方に関する技術標準だっ
    た。

     日本側は、ITUの国際標準に従わなければならない、とい
    う省令案を出したのだが、米国はすべて自由にすべきだと主張
    して譲らない。ITUの標準を盾に、日本が米国製の電気通信
    機器を閉め出す恐れがあると考えたのである。

     内海氏はワシントンに飛び、米国との交渉を継続したが、国
    務省、商務省などの代表十数人が一堂に会して、「プロトコー
    ルが問題だ。完全に自由化しろ」の一斉合唱であった。内海氏
    が「ITUの国際標準に従うのが世界の常識であり、どこが悪
    い」と反論したが、米国側は承知しない。

     しかし、コーヒー・ブレークの間に、国務省代表の一人が、
    内海氏にこっそりと「ミスター内海、問題となっているプロト
    コールとは一体なんのことですか? 教えて下さい」と聞いて
    きたのには、さすがに呆れてしまった。外交を担当する国務省
    の役人は、通信のことは何も知らずに、ただ何でも自由化して
    日本市場を開放させ、アメリカの通信機器を売り込もう、とい
    う米国側の戦略を推し進めていただけだったようだ。

     この交渉の十数年後、内海氏がITUの事務総局長に就任し
    たばかりの頃、米国高官がわざわざジュネーブまで面会に来て、
    言った。「第三世代の携帯電話のプロトコールは、各国ともI
    TUで標準化されたものを使用しなければならない。日欧は、
    ITUの標準化の合意の前に独自の技術でサービスを先行開始
    しようとしている。ITUで標準化された技術を使うよう日欧
    に働きかけろ」と、以前とは正反対のことを主張した。

     この頃は、米国は日欧に対して技術開発で遅れをとっていた
    ので、ITUの標準化のプロセスで時間を稼ぎつつ、自国の技
    術をITU標準に採用させようとしたのであった。

     自国産業の利益のためには、ITU標準が邪魔になれば「自
    由化しろ」と言い、有利に使える場合は「ITU標準に従え」
    と言う。二枚舌でうまく使い分けているだけなのである。

■5.国際社会はあつかましい■

     内海氏がITUで数年間、信頼して使い、また家族ぐるみで
    仲良くつきあっていた最高幹部の一人が、任期を終えて、帰国
    することになった。

         国連の規定どおりの手当ての支払いに対して、「赴任の
        ときは、それ以上の手当をもらって、荷物を持ってきたの
        だから、帰国の際も出してもらわなければ帰国できないで
        はないか」と主張し、譲らない。その金額の差は、たった
        数十万円に過ぎないが、大騒ぎをした後、事務総局長のレ
        ベルにまであげてきて、支払い要求を執拗に繰り返した。

         赴任の際に、ITU事務局が、規定に反して優遇した可
        能性は否定できないが、現に、明快な規則がある以上、い
        くら幹部でも、そのような特別な取り扱いはするべきでは
        ない。

         私がこの不当な要求を最終的に拒否したところ、「妻は、
        お前を憎んでいる。妻の方が、体がずっと大きいぞ」と、
        感情をむき出しにした後味の悪い捨て台詞を残して、部屋
        を出て行き、それ以後、私に対しては、なんの音信もない。
        [1,p31]

     興味深いのは、個人的には信頼し、家族ぐるみで親しく付き
    合っていた人が、金のことになるとこれほどに豹変したことだ。

     いや、相手の方から見れば、信頼し家族ぐるみで付き合って
    いた内海氏が、規則を盾にとって、たかだか数十万円の追加支
    払いを渋ることの方が、驚きだったのかもしれない。

     ここにも、日本人の規則に対する律儀さと、国際社会での金
    に関する厚かましさのギャップが存在する。

     興味深いのは、他の職員の反応である。相手の厚かましさを
    非難する声もある一方、内海氏への批判もあった。「彼の主張
    を聞いてやらないため、たくさんの職員が彼に悩まされた。そ
    のために使った経費は、要求された額以上だ」「よく仕事をし
    た人間なのだから、それぐらいの優遇措置はすればよいではな
    いか」というのである。こんな声を聞いていると、国際社会で
    は、内海氏の方が「非常識」に見えてくる。

■6.国際社会は自己中心■

     内海氏はITU事務総局長として、職員とのコミュニケーショ
    ンを図るために、その時々に感じたことなどを、全職員にメー
    ルで知らせることにした。一年余り続けたが、まったく逆効果
    だったので取りやめた。たとえば、次のようなことがあった。

         まだマスコミの関心がインドに当てられていなかった
        2000年はじめに、インドを公式訪問した。欧米の企業が、
        市場が狭く利益がでないからといって行わない開発途上国
        用の小型交換機の開発を、必ずしも十分でないインドの環
        境の中で進め、輸出にも成功していることを知り感激した。

         ぜひ職員に知らせようと、「インドでは、不十分な環境
        の下で頑張って途上国向けの良い製品を製造している」と
        見てきた感想を書いてメールにした。しかし、信頼できる
        職員からのフィードバックは意外なものであった。

         曰く「事務局総長は、インドの人は良く働いているが、
        ITUの職員は働いていないと非難している。けしからん」
        と、そして職員たちは、私に大きく反発しているという。
        [1,p48]

     なぜ、こんな行き違いが起きたのか、内海氏は6年間の経験
    を踏まえて、こう分析している。

        「職員の仕事は、契約で定められていることをやればよい
        のであって、インドの事情など何の関係もない。しかるに
        事務総局長は、インドのことを書いてきた。事務総局長は
        目的もなく職員にメールを出さないし、事務総局長の目的
        は、職員を働かすことである。事務総局長は、インド人は
        頑張っているが、ITU職員は働いてないといっているの
        だ。我々は、これだけ働いているのに、その事を褒めたこ
        とがないのはけしからん。職員が大事だとは一切思ってお
        らず、職員無視だ」となる。[1,p48]

     日本人なら、インド人が恵まれない状況で奮闘していると聞
    けば、我々も負けずに頑張ろう、となる。しかし、日本人以外
    にとって見れば、インド人が頑張ろうが頑張るまいが、自分に
    とっては関係ない。自分がどれだけ働いて、どれだけの収入を
    得られるか、だけが問題なのである。それほど自己中心の社会
    なのだ。

■7.国際社会は愛想が大事■

     国際社会では、朝会うと、満面の笑顔で「ハロー」「グッド
    ・モーニング」などと挨拶を交わす。こういう光景を見ると、
    なんと礼儀正しい社会だろうと思ってしまう。しかし、これに
    は理由がある。内海氏はこんな経験をしている。

         ある時、私が、ある職員に嫌がらせ(ハラスメント)を
        していると、苦情委員会に訴えられた。その理由の一つに、
        エレベータの中でこの部下の職員に挨拶をしなかったとい
        うことが挙げられていた。事実は、訴えの内容とは異なる
        し、また、この職員の態度は必ずしも正常ではないので、
        このような例が一般的だというのではない。

         しかし、日本では、部下が、上司に挨拶をしなくて態度
        が悪いと、上司から指導を受けることはあるだろうが、部
        下の職員が、上司に向かって、エレベータの中で上司が部
        下に挨拶の言葉を掛けなかったと訴えることを、弁護士が
        薦めるだろうか?[1,p97]

     戦場では、出合う相手が味方か敵か、見極めなければならな
    い。だから、敵意のない証拠として、にこやかに挨拶しなけれ
    ばならない。ムラ社会で皆が身内なら、そんな必要もない。エ
    レベータでほかの人も乗っているなかで、わざわざ聞こえよが
    しに、挨拶をするのも憚られよう。
   
■8.戦場モードとムラ社会モードの使い分け■

     以上、国際社会の戦場モードが、いかに国内のムラ社会モー
    ドとは異なるかを見てきた。注意すべきなのは、ここでの国際
    社会とは国際機関やビジネスで、互いの利益がぶつかりあう場
    だという事である。外国でも身内や親しい友人の間では、ムラ
    社会モードで付き合う。そして、ムラ社会モードと戦場モード
    を、時と場合と相手により使い分ける。

     しかし、日本の平和で心優しいムラ社会に住んでいる限り、
    国際社会の戦場モードなど知る機会も必要もない。その結果、
    国内のムラ社会モードが、そのまま海外でも通用すると誤解し
    ている人がいる。

     こういう人に限って、日本国憲法の「平和を愛する諸国民の
    公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決
    意した」をそのまま信じるたりする「善人」である。そして日
    本さえ他国を侵略しなければ、平和が守れると信じ込んでいる。

    「公正と信義」を期待できる国内のムラ社会と、国際社会の戦
    場とでは、行動様式を変えなければならない。それを知ること
    が国際派日本人の第一歩である。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(223) 国際連合、3つの幻想
    第2次大戦の戦勝国が作った国連を徳川幕府に例えれば、わ
   が国は旧敵国の外様大名。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog223.html
b. JOG(346) 国連幻想
    国連の実態は各国のエゴのぶつかりあいの場である。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog346.html

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2009年03月17日

理系の人気就職先

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読売新聞21.3.13
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2009年03月16日

損保業界の再編の流れとランキング

損保ランキング
再編の流れ、大手6社 読売新聞 21.3.13、
世界の損保ランキング 産経新聞 21.3.13
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2009年03月15日

各国の消費税率の比較

各国の消費税率の比較
読売新聞 21.3.15

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2009年03月12日

鳩山家の系譜

鳩山家の系譜
 
産経新聞 21.3.8
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2009年03月08日

WBCの賞金

WBCの賞金

産経新聞
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